2025年4月にさかのぼって、通勤手当の非課税限度額が引き上げられました。今回の改正は税制面で注目されがちですが、実は人事・労務の現場にも影響が大きい内容です。
特に中小企業では、通勤手当は「慣習で支給している」「昔作った規程のまま」「とりあえず金額を決めている」という状況が多く、制度と運用にズレが生じているケースも珍しくありません。今回の改正は、そのズレがより大きくなる可能性をはらんでいます。
さらに、今回の非課税限度額の見直しは、2025年4月に遡って適用されるため、年末調整や給与規程の運用に影響が出る企業も出てくるでしょう。
つまり、「情報を知っておく」だけでは不十分で、経営側・従業員側双方にとって混乱を防ぐための、社内整備が求められるテーマなのです。
本コラムでは、人事・労務の担当者として押さえるべきポイントを、実務の観点から整理します。
今回の改正の概要(労務視点)
今回の改正では、通勤手当の非課税限度額が引き上げられ、2025年4月に遡って適用されることになりました。
通勤手当は、企業として支給する・しないの判断に関わらず、従業員の通勤に対する費用補助手段として長く運用されてきた制度です。そのため、制度改正の影響は、税金面だけでなく、支給方法や社内ルールにも影響します。
今回重要となるのは以下の3点です。
- 適用が2025年4月に遡って行われること
- 対象は鉄道・バスなどに限らず、マイカー・バイク・自転車通勤者も含まれること
- 現在の企業の支給方法によって、影響の大きさが異なること
つまり、「非課税限度額が変わった」という事実そのものよりも、会社がどのように通勤手当を支給しているかによって実務が変わってくる点がポイントです。
支給方法が、実費支給、距離区分による定額支給、一律支給…など、企業ごとに異なるため、今回の変更を機に見直す必要が出てくる可能性があります。
労務担当としてまず確認すべきこと
今回の改正は、社内の通勤手当制度そのものを見直すきっかけになります。まずは、現在の運用状況を正確に把握することが重要です。以下の点を中心に整理していきましょう。
- 通勤手当の支給方法はどうなっているか(実費支給、距離区分型、定額、上限設定の有無など)
- 通勤経路の申告方法は整備されているか(現状のルート申請、変更申請、承認フロー)
- 通勤距離のデータは一元管理されているか
- 自動車やバイク、自転車通勤の扱いが明確か
- 距離や交通手段の変更があった場合の届け出方法は決まっているか
- 支給ルールが就業規則、給与規程、交通費規程に明文化されているか
- 実際の運用が規程と一致しているか
こうした情報を整理することで、自社が今回の改正により影響を受けるかどうか、そしてどの範囲から対応すべきかが明確になります。
特に注意すべき点は、実務で先に運用が始まっていて、規程が追いついていないケースです。この場合、今回の改正をきっかけに制度と運用の不一致が顕在化するおそれがあります。
今回の改正が引き起こす労務上のリスク
今回の改正は税制面の話で終わらず、労務の現場でも影響が出る可能性があります。特に注意したいのは、支給方法や説明体制が曖昧な企業ほど、制度変更をきっかけにトラブルが表面化しやすいという点です。
想定される労務上のリスクとしては、以下のような点が挙げられます。
- 通勤距離が長い従業員の支給額だけが増えるなど、従業員間で不公平感が生じる可能性がある(支給額の差よりも、理由が共有されていないことが不満につながりやすい)
- 規程と実際の運用にズレがあり、それが明らかになる
- 通勤距離や通勤経路の情報が古いままになっている
- 自動車やバイク、自転車通勤者への扱いが曖昧なままになっている
- 支給額変更の説明不足により、従業員の不安や不信感が生まれる
特に中小企業では、制度や運用の整理が後回しになりやすく、個別対応に頼りがちなことから、問題が浮き彫りになった際に対応が難しくなる傾向があります。
今回の改正は、通勤手当の制度と実務の見直しに取り組む良い機会といえます。
中小企業として必要となる社内整備
今回の改正は、単に支給額を見直すだけでなく、通勤手当そのものの制度や運用を整理する良い機会です。中小企業においては、以下のような社内整備が求められます。
- 通勤手当の支給基準や算定方法の再確認(実費、定額、距離区分、上限の設定など)
- 自動車、バイク、自転車通勤の取扱いを明確にする(基準が曖昧になりやすいため)
- 通勤経路や通勤距離を正しく申告、確認できる仕組みを整える
- 通勤手当に関する申請や変更手続の流れを明確化する(申請書、変更届の整備を含む)
- 就業規則や給与規程、交通費規程に基準が明確に記載されているか確認する
- 実際の運用が規程と一致しているかを点検する
- 支給方法を社員に説明し、理解を得るための準備を行う
これらを整理しておくことで、従業員からの問合せ対応がスムーズになり、後々のトラブルを未然に防ぐことができます。
今回の改正は、制度と運用のギャップを埋める絶好のタイミングといえます。
中小企業では特に気を付けたいポイント
今回の改正は、制度面よりも「社内での対応の仕方」が問われます。特に中小企業では、次の点に注意が必要です。
- 支給額を変更する理由が、従業員に伝わらないまま処理されてしまう(結果として誤解が生まれやすい)
- 制度の見直しが後回しになり、現場対応に負担が集中する
- 一部の従業員だけが恩恵を受けるように見えることで、不満が生まれる
- 規程が古いまま残され、制度や実務との整合性が取れなくなる
- 手続や説明が曖昧なまま進んだ結果、後から制度変更の影響を整理しにくくなる
- 急ぎの対応が求められる時ほど、判断の根拠が弱くなる傾向がある
中小企業の場合、労務専任スタッフが少ない、役割が兼務になっているといった事情も多く、細かな制度管理が抜け落ちやすいのが実情です。
だからこそ、今回の改正は「制度そのもの」ではなく社内の仕組みとして整っているかを振り返る機会として活用したいところです。
まとめ
今回の非課税限度額の改正は、金額の変動以上に、通勤手当の制度や運用そのものに影響する内容です。従業員の通勤方法は多様化しており、企業側の管理や説明が追いついていないケースも少なくありません。
今回の改正をきっかけに、
- 現在の支給方法に問題がないか
- 規程の内容と運用が一致しているか
- 従業員に説明できる状態か
を改めて確認し、必要に応じて制度の見直しを行うことが重要です。
中小企業では、通勤手当の制度が長年変わっておらず、見直しをする機会がなかったという声も多く聞かれます。このような場合、今回の改正はちょうど良いタイミングといえるでしょう。
もし、
「うちの会社の場合、どこから見直せば良いかわからない」
「規程と実務のズレが気になる」
「従業員への説明が難しそう」
と感じる場合は、一度ご相談ください。
制度の目的を踏まえたうえで、現場に無理のない形で整備できるよう、サポートいたします。

