本連載「人事労務×AI活用」では、中小企業の経営者や人事労務担当者が今日から使えるAI活用法を、業務のテーマごとに全10回にわたってお伝えします。第1回は、具体的な使い方に入る前に必ず整えておくべき安全の土台についてです。

ChatGPTやGeminiといった生成AIを、業務で使い始めた方は多いのではないでしょうか。就業規則の改定案を作る、求人票の文面を考える、社員向けの案内文を整える、面接の評価コメントを整理する。AIに頼めば、数分でたたき台が手に入る時代になりました。

ところが、この便利さには落とし穴があります。IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)が2026年1月に公表した「情報セキュリティ10大脅威 2026」では、AIの利用をめぐるサイバーリスクが初登場で3位にランクインしました。AIそのものが危険なのではありません。AIの仕組みを十分に理解しないまま使うことで、意図しない情報漏洩や権利侵害が起きるリスクが、現実のものとなっているのです。

人事労務の仕事は、社員の個人情報や会社の機密情報を日常的に扱います。だからこそ、AIの「使い方」を覚える前に「ルール」を決めることが欠かせません。今回は、AIを安全に業務で活用するために最低限決めておくべき3つのルールをお伝えします。

入力してはいけない情報を決める

人事労務の仕事は、個人情報のかたまりです。氏名、住所、給与額、マイナンバー、健康診断の結果、メンタル不調の相談内容。こうした情報をAIにそのまま入力すれば、情報漏洩のリスクが生まれます。

2023年にはサムスンの従業員がChatGPTに社内の機密コードを入力し、大きな問題になりました。これはIT企業だけの話ではありません。人事労務の現場でも、「ちょっと対応文案を作ろう」と社員の実名や具体的な事情をそのまま入力してしまうことは十分にあり得ます。ある調査では、企業の従業員の77%が知らないうちに機密情報を生成AIに入力しているという報告もあります。

最初に決めるべきは、AIに入力してはいけない情報の一覧です。人事労務の現場であれば、少なくとも次のような情報は入力禁止にすべきでしょう。

AIに入力してはいけない情報例
  • 特定の個人を識別できる情報(氏名、住所、生年月日、マイナンバーなど)
  • 健康情報やメンタルヘルスに関する情報(要配慮個人情報)
  • 労使トラブルの個別案件に関する事実関係
  • 給与額、評価結果、懲戒歴など機密性の高い人事情報

「それでは使い道がなくなるのでは?」と思われるかもしれません。そんなことはありません。固有名詞を「A社員」「B部署」のように置き換えるだけで、AIには十分な文脈が伝わります。「入社3年目の営業職、勤務態度は良好だが最近遅刻が増えている」のように、個人が特定されない形に抽象化すればよいのです。この一手間を加えるだけで、安全にAIを活用できます。

入力禁止の情報を一覧にしたら、AIを使う可能性のある社員全員に共有してください。ルールが存在していても、知らなければ守りようがありません。共有の方法は社内チャットでもメールでも構いません。大事なのは、全員が「これは入力してはいけない」と即座に判断できる状態を作ることです。

学習設定(オプトアウト)を確認する

もう1つ、見落としがちなポイントがあります。入力した情報がAIの学習に使われるかどうか、という問題です。

ChatGPTもGeminiも、個人向けの無料版や一般有料版では、初期設定のままだと入力内容がAIモデルの学習に利用される仕組みになっています。何も設定を変えずに業務情報を入力すれば、その内容がAIの学習データに取り込まれる可能性があるということです。

これを防ぐには、オプトアウトと呼ばれる設定を行います。ChatGPTであれば設定画面で「すべての人のためにモデルを改善する」をオフにします。Geminiであれば「Geminiアプリアクティビティ」をオフにします。この操作だけで、入力内容がAIモデルの学習に使われなくなります。

ChatGPTのTeamプランやEnterpriseプラン、GeminiのGoogle Workspace向けプランであれば、初期設定で学習に利用されない仕組みです。会社として本格的に使うのであれば、法人向けプランの導入も検討する価値があります。個人プランと法人プランでは、データの取り扱いがまったく異なるからです。

ただし、1つ注意があります。オプトアウトをしても、サービス提供者側が不正利用検出のために一定期間データを保持する場合があります。たとえばGeminiでは、アクティビティをオフにしていても、不正利用の検出目的で最大55日間プロンプトが保持されるとされています。オプトアウトは万能ではない。だからこそ、入力してはいけない情報を先に決めておくことが重要なのです。

AIの出力は必ず人が確認する

AIはもっともらしい文章を作るのが得意です。しかし、事実と異なる内容が含まれていることがあります。これはハルシネーションと呼ばれる現象で、AIが自信満々に間違った情報を出力するものです。

人事労務の仕事では、法令の正確性が欠かせません。AIが「労働基準法第○条では」と書いてきた内容が、実際の条文と違っていることは珍しくありません。残業の上限規制、有給休暇の付与日数、解雇の手続き。こうした論点でAIの出力をそのまま社員に伝えたり、社内規程に反映したりすれば、会社としての信頼を損なうだけでなく、法令違反につながるおそれもあります。

AIの出力はあくまで下書きです。特に法令が関わる内容については、必ず一次情報(法令の条文や行政の通達など)で裏付けを取る。最終的なチェックは人が行う。この原則を、AIを使う全員で共有しておくことが不可欠です。

逆に言えば、この原則さえ守れば、AIは非常に優秀な「下書き職人」になります。ゼロから文章を書くのと、たたき台を直すのとでは、かかる時間も労力もまったく違います。AIの出力を信じすぎず、かつ恐れすぎず、「確認して使う」というスタンスが大切です。

特に人事労務の分野では、労働基準法や育児介護休業法など改正が頻繁に行われる法令を扱います。AIの学習データには最新の改正が反映されていないことも多いため、法令に関する出力は必ず最新の一次情報と照らし合わせる習慣をつけてください。

また、一次情報を確認できたとしても、自社の状況に当てはめて正しく判断できるかどうかは別の問題です。法令の条文は読み方によって解釈が変わることがあり、判断を誤れば労使トラブルや法令違反に直結します。AIの出力に少しでも不安を感じたときや、法令の適用が自社のケースに合うかどうか判断がつかないときは、社会保険労務士に相談することを強くおすすめします。AIはたたき台を作る力を持っていますが、その内容の責任を取れるのは人だけです。

まずは1枚の約束事から始める

ここまでの内容を整理すると、AIを業務で安全に使うために決めるべきことは次の3つです。

AIを業務で安全に使うために決めるべきこと
  • 入力してはいけない情報を明確にする
  • 学習設定(オプトアウト)を確認・設定する
  • 出力は必ず人が確認してから使う

この3つを紙1枚にまとめて、AIを使う人全員に共有する。まずはそこから始めれば十分です。分厚いルールブックを作る必要はありません。

2025年3月に更新された国の「AI事業者ガイドライン(第1.1版)」でも、AI利用者に求めているのは、人間中心、安全性、公平性、プライバシー保護という基本的な考え方です。特別なことではなく、当たり前のことを当たり前に決めておく。それだけで、AIは人事労務の現場で頼れるパートナーになります。

専門家に任せると早い部分

AIの利用ルールを整備する上で、専門家のサポートが特に効く場面が2つあります。

1つは、労働法の観点です。AI利用に関するルールを就業規則に盛り込む場合は、労働基準法上の手続き(労働者代表への意見聴取、届出など)が必要です。また、AIの出力を業務判断に使う場合の責任の所在、社員がAIを使って作成した成果物の扱い、AI利用に関する服務規律の整備なども、就業規則と連動させて考える必要があります。

もう1つは、IT環境の整備です。社員一人ひとりにオプトアウト設定を徹底させるのは、実態として難しいものです。ChatGPTやGeminiの法人プランへの移行、社内での利用ルールを設定管理できる環境の構築、利用状況のモニタリングの仕組みづくりなど、ルールは決めるだけでなく守られる仕組みとセットで考えることが大切です。

この2点は、それぞれ別の専門家に依頼すると手間もコストもかかります。労働法とITの両方に精通した当事務所に相談していただければ、就業規則の整備からツールの設定・運用設計まで一気通貫で進められます。ご興味のある方は、ページ下部のお問い合わせフォームからお気軽にご相談ください。

安全に使う土台さえ整えれば、次回以降にお伝えする業務ごとのAI活用法をすぐに実践に移せます。まずはこの3つのルールを決めるところから始めてみてください。

今後の予定

本連載では今後、次のようなテーマを取り上げていきます。

  • 採用(求人票・スカウト文の改善)
  • 入社・オンボーディング(手続き案内・研修計画)
  • 勤怠・残業・休暇管理(36協定の運用・年休付与)
  • 給与・社会保険・労働保険の手続き
  • 休職・復職・メンタル不調対応
  • ハラスメント対応と相談窓口
  • 評価・育成(フィードバック文面の平準化)
  • 就業規則・社内規程・労使協定の整備
  • AI運用の定着(社内ルールと役割分担)

人事労務の現場で実際に使えるAI活用法を、毎回ひとつずつ持ち帰れる内容でお届けします。なお、AIの進化のスピードや社会的な関心の高まりに合わせて、テーマの順番や内容は変更になる場合があります。

【特典】すぐに使えるプロンプト例

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